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懐かしい笑顔も愛されて好運で

自作詩集の『Dusty diamonds』(全四十九篇)を掲載しました。十年以上前に初めて詩のホームページ(作詩の公園)を開設して二番目に綴じられた詩集で、本当に数多くの人たちとインターネットで交流しながら歌われた詩ばかりが収録されています。ある意味では僕にとって詩人の全盛期の詩集の一つといって良いと思います。元々は『ダスティー・オーブ』というタイトルで出していて当時から『Dusty diamonds』にしたい気持ちはありました。といいますか、最初に後者を思い付いていて止めた結果が前者でして未だに説明し難いですけど、なぜ入れ換えたのか、ダイアモンドが粉々になるようなイメージに自分自身が耐えられなかったせいでしょうね。僕にとってダイアモンドは理想的な人の笑顔に象徴される詩情を伴っている言葉です。作家・詩人になるための大きな原動力でした。別れの悲しみはショックでしたが、そこから物書きを始めています。ショックで精も根も尽き果てた中で生き延びる道が作家にしか見出だせませんでした。ダイアモンドは理想的な人との別れと共に粉々に壊れていたはずですが、しかし思いは変わりませんし、僕自身の生き様として個人的に取り戻さなくてはならない彼方の詩のようなものとしてまたは永遠を写す鏡のように詩を書くためには是非とも必要な力を秘めているものでした。何年か後に詩集の『永遠』に綴じられた幾つかの詩が生まれましたが、これは理想的な人が本当は天使的な人だったという認識に由来しています。詩集の見開きでは「自己発見」と呼んでいますが、天使的な人こそ永遠の詩人としての僕にとっては《最適な伴侶》で、《天界の花嫁》だったと分かりましたので、かつて落ち込んでいたのはショックよりもダメージのせいだということにも気付く結果となりました。天使的な人が余りに上手く別れ過ぎたせいで、二十年近く悲しみを感じることが僕にはできなかったんです、きっと。しかし涙を溢すことができて自分がどれだけ愛されていたかと青春期の世界に思い至りました。改めて考えてみると天使的な人こそ理想的な人ですからダイアモンドも唯一の笑顔よりか無限の表情のうちに捉えることができると思いますし、愛するほどに笑顔が全てではないはずです、粉々に壊れたようなイメージでも耐えられるどころむしろずっと相応しい気持ちでしたので、ついに漸くといいますか、インターネットで数…

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