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心に愛を透かす歌として

自作詩集の『一人遊び』を掲載しました。

2016年以降の詩を少しずつ追加して行く予定です。

今のところは『ルピナス』、『神様の懐へと』、『変わりなく』、『寝転び芝生』、『今だけが空を待たせている』の五つの詩です。

かつて父親が不意に寄り付かない姪をそばで見ながら「一人で遊べるようになったの?」といっていました。聞くや姪は直ぐに「遊んで」といつものようにいいましたが、父親へは大して寄り付きはしませんでした。

印象に残っていて詩集のタイトルにもなりました。

僕もそうでしたが、姪といつも一緒に遊ばなければならないと自分のことは何もできなくなります。

父親の言葉は詩的だと思います。自分のことができて嬉しいはずなのに姪と一緒に遊べなくてはやはり寂しいわけですから言葉をかけながら逆に心で遊んでいるようでした。

姪も心が分かって言葉を返していました。一人でやりたいことが、偶々、あったせいかも知れませんけど、手を離せず、父親と言葉だけでやり取りしていたところが不思議に面白く感じました。

一人遊びは心に愛を透かす歌です。父親にとっては心に嬉しくも寂しい切なさが宿ったかも知れませんし、姪にとっては何かに夢中になっていた心そのものです。何れにしても愛が決め手ですし、二人の光景の中で愛こそが僕には胸に訴えられました。

詩集の『一人遊び』は端的にいえば愛の心を捉えながらやって行きたいと思っています。

http://pinelike.webcrow.jp/song17/

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